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HPFF2011 OFFICIAL SITE

プログラムPROGRAM

先行上映 11月26日(土)~12月9日(金) 横川シネマ


『テザ 慟哭の大地』

・ハイレ・ゲリマ監督
・2008年
・エチオピア=ドイツ=フランス
・アムハラ語・英語
・カラー
・35mm
・140分
・公式サイト
http://cinematrix.jp/teza/

2008年ヴェネチア国際映画祭 金のオゼッラ賞・審査員特別賞・SIGNIS賞 トリプル受賞作品!

 医学を志し、1970 年代に故国エチオピアを離れドイツに留学した主人公アンベルブル。夢と希望に燃えた留学時代、エチオピア革命後の疲弊した故国の姿や親友の死、人種差別やエチオピア人亡命者との齟齬、そしてベルリンの壁が崩壊。片足と記憶を失ったまま、内戦状態の故国で母が待つ村へと還ってくる。悪夢にうなされ、西洋を纏った厄介者と見なされる息子を「故郷での休息が必要だ」と労う母。アンベルブルが何も語らずとも、現在の混乱した姿をそのまま受け容れ、時にはその小さな体で役人や家族たちとの軋轢の盾となる。彼女が哀れみ、家に住まわせる女性アザヌ。村社会から弾かれたアザヌとアンベルブルは互いの喪失を補うように愛しあう。



『グッド・ハーブ』

・マリア・ノバロ監督
・メキシコ/2010 年/120 分
・公式サイト
http://www.action-inc.co.jp/hierbas/




 麻薬抗争か、移民問題を取り扱うメキシコ映画ばかりが目立つようになった昨今、突如として現れた映画が『グッド・ハーブ』だった。未だにマチズモ(男性優位主義)が蔓延するメキシコ社会において、女性を主人公に撮り続ける、マリア・ノバロ監督の最新作だ。
 映画は、先住民から伝わる薬草学の研究者の母と、海賊ラジオのパーソナリティをしながら自由に生きるシングル・マザーの娘が、母の病気をきっかけに新たな関係を築いていく姿を軸に描いているのだが、大きな社会問題を抱えながらも、それぞれの人生を謳歌するメキシコの人々の姿がくっきりと捉えられている。ツイートする


女の平和~序章 12月3日(土) 10:00~ 西区民文化センタースタジオ


『生きていてよかった』

・亀井文夫監督/ 1956/ 52 分
・10:30 ~ 11:22


  この映画は1945 年、広島、長崎への原爆投下の10 年後、初の原水爆禁止世界大会が開かれ、救援基金が世界各地から集められ、救援運動のひとつとして原爆犠牲者の姿を伝える記録映画として作られた。大会の日、ひとりの原爆娘が涙を流してつぶやいた言葉「生きていてよかった」がこの映画のタイトルに成ったという。小津安二郎を思わせる端正な映像の美しさに、原爆のドキュメンタリーであることを一瞬忘れてしまうほどだ。


『黒い花』

・バティスト・べセット監督/ フランス/ 2010/ 36 分
・監督来場、トークあり
・11:25 ~ 12:20







 2009 年夏、広島。現存する最古の植物種である銀杏は、原爆の爆風と放射線さえも、気の遠くなるほど長い己の種の歴史のなかに、ただその1ページとして刻み込んで、その夏も豊かな生命力に満ちた青い葉を-羽を-そよがせていた。花を咲かせぬ銀杏の、目に見えぬ「黒い花」をバティストは見ていたのだろうか。
 路面電車の車内から撮られた雨の広島市街。電車は「中電前」電停をアナウンスする。撮影の1年後、中電は上関原発建設のための埋め立て工事を強行的に開始し、さらにその1年後、福島第一原発は爆発した。-「お前の記憶は忘却の森へ消え去った」。
 フランスからやってきた映像作家の目にそのように映った「(反核・平和都市)ヒロシマ」は、花を咲かせぬ銀杏のように、今も沈黙したままだ。「忘れ得ぬ」2011 年も暮れようとしている今、「黒い花」の<葉の/羽の>そよぎは、あなたに何を語りかけるだろうか


『原発切抜帖』

・土本典昭監督/ 1982/ 45 分
・ナレーター:小沢昭一
・音楽:高橋悠治
・12:30 ~





©青林舎1982


 背表紙に「原子力」や「原子力エネルギー」と書かれた何冊ものスクラップブックが写される。土本典昭氏が、集めた膨大な原発関連の新聞記事の切抜帖である。スクラップは1000 冊以上におよぶらしい。この映画はその切抜き記事だけで構成され、音楽と小沢昭一の親しみやすい語り口で展開するいわばシネマエッセーである。冒頭、ヒロシマ・ナガサキの原爆、敗戦から始まる。それこそが原子力時代の始まりであることは、戦中戦後を生きてきた土本氏にとっては至極、当然のことなのであろう。
 ついでスリーマイル島事故、敦賀原発の原発ジプシーの被曝、平和利用夢の原子力、ビキニ環礁、第五福竜丸の被害状況、米ソ水爆実験の死の灰による山形・新潟の被害、被爆米兵士、原子力船むつ、原発列島・日本、環太平洋諸国で原子力コミュニティー、次から次へと展開していくおぞましい日本の原子力政策。中でもマーシャル諸島の被曝危険地域は、半径450 マイル(720km)と公式発表されていたのは驚きだ。



『槌音』

・大久保愉伊監督/2011/22 分
・監督来場+ゲスト、トーク
・13:15 〜14:20



 私の故郷の岩手県大槌町は、東日本大震災の被災地の中でも甚大な被害を受けた町のひとつです。私は震災から2 週間後の3 月25 日、大槌に帰省できました。町についた時、涙も出ませんでした。なぜなら自分の生まれ育った町とは違う土地を見ているかの様だったからです。目の前に広がる景色は、一面瓦礫で埋め尽くされ、海風の音と、重機の音、そしてカモメの鳴き声が響いていました。カメラを持ち込むことができなかった私は、ただただスマートフォンの動画機能で風景を記録し続けました。町民や家族に対しインタビューを撮ったり、カメラを向けることはできず、ひたすら町を歩き、風景だけを記録しました。
 帰京してから1 週間後、現実を受け入れることのできない私は、東京に持ち出していた大槌の映像と震災後の大槌の映像とで編集し、何か作ろうと思い立ちました。それは何のためでもなく、ただただ自分が現実と過去を受け入れる事のできない夢心地な気持ちをなんとかしようとしていたからです。(『槌音』監督・大久保愉伊)


『NoGaDa (土方)』


・キム・ミレ監督/ 韓国/ 2005/ 89 分
・監督来場、トーク
・14:30〜15:59




 キム・ミレ監督は1964 年生まれの韓国の女性映画監督。彼女自身は、結婚・離婚を経て、とにかく映画を見まくって自らも映画を撮り出したのだという。
 本作は、キム監督自身の父親が従事していた「日雇い労働」を追いかけたもの。ちなみにタイトルとなっている「NoGaDa 土方」は、日本植民地時代の名残りとして朝鮮語的に訛った「土方」という言葉からきている。注意してみていくと、現在の日本と韓国では、支払いなどで異なる点もあることにも気づかされるが、釜ヶ崎にも乗り込み、労働の現場に強制される矛盾を暴き出していく。
 なかで、搾取会社に乗り込んで、徹底抗戦をはかる女性活動家の姿は、次の作品『外泊』へと展開していくとみることもできるだろう。最後に登場する、「もうひとつの世界は可能です」と言い切り、夜の釜ヶ崎に歩み出していく老労働者=活動家の姿に、奮い立たされる方も少なくないだろう。しかし、現場に詳しい友人知人たちによると、この映画に登場する何人もの方々が既に亡くなってしまったという厳しい現実のなかに、私たちはいる。『外泊』とともに見ることで、生者たち・死者たちともにある、私たちの、「生きる」ための抵抗の関係性を引き受けることにもなるだろう。


『外泊ー結婚してから今日は初めて外泊した日』

・キム・ミレ監督/ 韓国/ 2009/ 73 分
・監督来場、トークあり
・16:15〜18:00




 

 フェミニズムのスローガンとして知られる「個人的なことは政治的なことである」という真髄が、怒り、悲しみ、悔しさ、笑い、喜びという〈わたし〉の五感と理性を突き動かす、「いい映画」に仕上がっている。落ち込んだり、苦しかったり、人恋しかったりしたとき、繰り返し観たい映画の一つである。
 2007 年6 月30 日夜、500 人の女性労働者たちが韓国ワールドカップ競技場にあるホームエバー・ハイパーマーケットのカウンターを占拠した。翌7 月1 日「非正規職保護法」が施行。ホームエバー社は法の施行を前に大量解雇を行い、女性労働者たちはその差別的扱いに怒り、立ち上がったのだ。『外泊』は510 日間続いた女性労働者たちの闘いを描く。女性たちは歌い、踊り、泣き、笑う。労働闘争はいつしか家族的役割からの解放の場を生み出す。副題は、「結婚してから今日が初めて外泊した日」。タイトルも、副題のずらし方に、監督の「女」への温かく深いまなざしが読み取れる。

  • spaceZERO 19:00~ 車座シンポジウム ひろしまで語る「女の平和」
What's Going on? いったいどうなっているんだ?

 おんなフェス・ゲストの嶋田美子さんはじめ、12 月3,4日に上映する作品の監督らをまじえて語り合います。

 1970 年、ベトナム反戦期に登場したマーヴィン・ゲイのこの歌は、その後にも何度もいろいろな状況で蘇り聞かれ歌われてきました。そして今、それぞれに異なる「私たち」もこの問いとともにあるというべきでしょう。12 月3、4 日前後に、当映画祭に集結してくださる関係者を交えて、自由に語り合う場の試み。パネラーというかたちをつくらずに、長くともひとり5 分程度で語っていただき、さらに、対話を続けていこうという場になればと考えています。
 
 西区民文化センターでのプログラム終了後、スペース・ ZERO への移動を呼びかけます。「応答し会うワタシたち、ポジャマジャ、おんな・アート・なんデモフェス」の会場をお借りして、そちらのメンバーや映画祭スタッフも交えて、わいわいとした空気になればいいなと考えています。恊働者や参加者の多くが女性であることに敬意を表して、ずばりタイトルは「ひろしまで語る『女の平和』」。
 
 3、4 日にそれぞれ作品が上映される、キム・ミレ(『外泊』『NoGada』、韓国)、M.T. Silvia(『Atomic Mom』、アメリカ)の両女性監督にも参加していただく予定。さらに、放射能汚染に対峙する「おんな」「母」の運動に運動と批評両面から鋭くコミットしている松本麻里(東京砂場プロジェクト@新宿、フェミニズム批評)、オキュパイ運動下のNY に向かい、過去のHPFF 上映作品であり、ABCC の問題などを鋭く衝いた『原爆の傷跡』(マーク・プティジャン監督、2008 年、フランス)NY 上映に尽力された後藤あゆみ(大阪府立大大学院生)、三里塚出身で農業と運動・研究に携わり、現在は島根県浜田で大豆農家の方々との協働作業に取り組む相川陽一(島根県中山間地域研究センター研究員)といった各氏にも報告やコメントにも加わっていただく予定です。

 未曾有の災害、原発事故と放射能汚染、世界に広がるオキュパイ運動、TPP…。さまざまに焦眉な問題が交錯するなか、その困難を語り合うことで、それぞれが力を蓄えることができるような、困難のなかで励ましあうような柔らかい場になればいいなと考えています。各地のいくつもの声と「応答し会い」「ポジャマジャ(寄り合ってぺちゃくちゃ語り合う様子)」(いさじ章子)する空間に、みなさんもぜひご参加ください。
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反戦反核と女性映画監督(1) 12月4日(日) 10:00~ 広島平和記念資料館メモリアルホール


『アトミック ・マム』

・ジャパンプレミア (日本初公開)
・原題 ”Atomic Mom”
・M.T. シルヴィア監督/ アメリカ / 2010 / 87 分
・監督来場、トークあり
・10:00 〜12:00



 「友達の母がクッキーを焼いている時、私の母は国家機密に関わっていた」聡明で、美人で、パワフルなキャリアウーマンの母親を小さい頃誇りに思っていたとこの女性映画監督は言う。母が15 歳の時ヒロシマ、ナガサキ原爆投下。戦争中は比較的平等に扱われていた女性たちも戦後は再び家庭に帰れの政策のなか、母は科学者の道へ。
 1952 年、海軍放射線防衛研究所に初めての女性研究員として採用される。共産主義は悪だ。それへの防衛をの風潮のなかでなんの疑問もなかった。1953 年、ネバダの核実験で実験用のネズミを運ぶ。ラスベガスはこの実験を客寄せに利用し、「放射線物質ママ」という歌まではやらせる。<放射線物質ママ!抱きしめて。今夜は爆発させちゃうゾ>きのこ雲を真似たヘヤ―スタイルまで流行。

 しかし実験場は、原住民ショショ二族の聖地でもあった。科学者である母の一抹の疑問は、放射線効果の実験なのに、なんの保護服も着ない沢山の軍兵が最前の壕に人体実験として配備されたこと。しかし機密と命令のためそれ以上は考えなかった。核にまつわる思考停止や隠蔽の体質は今のわが国でも同じ構図だと改めて思う。
 反核運動をする娘(監督)と母との亀裂、断絶を娘が真摯に問い直してゆくなかで、母の表情も感情のある和らぎに変貌してゆく。感情を殺してきたような母の目から涙が流れるのは、1995 年、病気の猫がテーブルを爪で引っかく動作を見た時、一瞬にして昔の記憶、犬を放射能熱線実験して殺したことが罪悪感として蘇る。娘は母を昔の記憶の場所へ誘うことで母の懺悔の介助をする。娘もまた「アメリカ人として広島に行くのを恥じていた」という広島を訪れる。被爆者の岡田恵美子さん、肥田俊太郎医師らと出会うなかで、ヒロシマでも医師や科学者達にアメリカ側から被爆にまつわる「発言禁止令」の指示があったことを知る。

 岡田恵美子さんは言う「未だに核の状況はちっとも変ってないですよね」。映像は一つの疑問を投げかける。「なぜ、同じ過ちを繰り返すのか」その問いにシルビア監督は答える。「明らかにされていない情報が沢山あるから」であると。この映像のように「真実を言うならば…」は、今始まったばかりである。
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反戦反核と女性映画監督(2) 12月4日(日) 13:00~ 広島市国際青年会館研修室


『忘れられた爆弾』

・ジャパンプレミア (日本初公開)
・原題 ”The Forgotten Bomb”
・スチュアート・オヴァーベイ、バド・ライアン共同監督/ アメリカ/ 2010 / 95 分
・13:00 ~ 14:35



 バド・ライアンさんが突き進んでいく。湧き上る疑問に必ず答えをみつけようとする意気込みで―。広島平和記念資料館で大きな衝撃を受け、反核活動家としての道を歩み始めたバド・ライアンさん。広島で初めて、原爆を投下される側から考えたという。対照的に米国の博物館の展示が見せるのは核の威力。核兵器を展示する日米の資料館の違いを映し出す映画「二つの博物館のお話」が2007 年に届いた映画企画だった。しかし、3 年の歳月をかけて完成された映画は、疑問を追い続け、広範囲な取材を敢行する中で博物館の枠を超えたドキュメンタリーに変貌していた。広島の撮影で忘れられないのは、岡田恵美子さんの被爆証言を聞き号泣したバドさんの姿だ。その時の岡田さんの言葉「見てもらうだけの映画なら協力しない。見た人が行動する映画に」は、しっかりと受け止められている。映画の中の突き進むバドさんを見れば、誰しも行動しなければと考えさせられるはずだからだ。

 バドさんは、岡田さんの「ブッシュ大統領を広島に」という想いにも真剣に向き合った。今でこそ、オバマ大統領に広島に来てもらうよう手紙を書こう、と誰もが言うようになったが、当時は笑い飛ばされるにすぎなかった。しかし、バドさんは岡田さんの想いをくみ取り、手紙の監修をすると同時に、2008 年北海道洞爺湖サミット参加国首脳および他の核保有国にも出すことを提案。手紙を出した後も、HP 等で「ブッシュ大統領の広島行の後押しを」と呼びかけるなど、行動し続けた。残念ながら首脳陣の来広には結びつかなかったものの、岡田さんには、各国からていねいな手紙が届き、ドイツのそれは、核廃絶に向けての取り組みも示されていた。

 共同監督のスチュアートさんは、行動するバドさんを、バドさんが出会う人々の変貌を冷静に見つめる。そして、私たちには「変える力」があるという希望を見つけ、訴える。「力を合わせればいいんだ」映画の最後の呼びかけを、見るだけで終わらせて欲しくない。



『AUGUST』

・ジャパンプレミア (日本初公開)
・東美恵子監督/ ドイツ/ 2011/ 83 分
・監督来場、トークあり
・14:50 ~ 16:45






 August、8 月の広島。川の中洲特有の蒸し暑さが蝉時雨とともにじんわりと人々の皮膚にまとわりつくなか、6 日を迎える準備が粛々と進められている。平和公園の石碑は清められ、その芝生には椅子が整然と並べられていく。そして、式典で「平和宣言」が結ばれるとともに空へ放たれる鳩も、当たり前のように籠のなかへ集められている。こうしてあの日を待つ広島に、ドイツから来た一人の女性が降り立つ。彼女の名はヨハンナ。「記憶」をテーマとする著作のための取材に8 月の広島を訪れたのだ。

 8 月の広島へ。ヨハンナは被爆の記憶を求めて来たのだろうか。そうかもしれない。彼女は平和記念資料館の展示を見て、被爆者の証言に耳を傾ける。だが彼女は同時にもう一つの広島、1973 年の広島の記憶を追い求めている。まだ小さかった彼女は、その年に母親に連れられて広島を訪れ、「ケイコ」という少女と知り合ったのだ。映画は、「ケイコ」を探し求めるヨハンナの広島での3 日間を軸としながら、彼女がその間に関わった広島の人々──被爆者、バスやタクシーの運転手など──の日常のドキュメントを挟み込んでいく。

 8 月の広島、真夏の日常が営まれる広島。そこでは6 日を迎える準備すら一つの日常と化しつつあるのかもしれない。そんな広島でヨハンナが直面するのは記憶の喪失である。1973 年にはまだ残っていた基町のバラック街「原爆スラム」は跡形もなく取り除かれ、「ケイコ」が住んでいたという江波では再開発が進んで、彼女の生活の痕跡すら見いだすことができない。追い討ちをかけるように、認知症を患っていると思われるヨハンナの老いた母親は、広島への旅はおろか、自分の娘すら思い出せなくなりつつある。

 8 月6 日。広島の若い女性から、生き残った祖母の盾となるようにして被爆し、3 日後に亡くなった少女の墓が荒れ果てていたという話を聞いて涙したヨハンナは、黄色い菊の花を手に、街に佇んでいる。平和公園の式典が粛々と、またどこか空々しく進むのに背を向けて。慰霊碑への「お参り」を拒んだ彼女は、菊の花を誰に手向けるのか。広島の日常への細やかな眼差しを通して、一人ひとりの死者を、そして死者とともに生きる一人ひとりを置き去りにしつつあるヒロシマの「記憶」を静かに問う作品である。



『女と孤児と虎』

・ジェーン・ジン・カイスン監督/ 2010/ 72分
・17:00 ~ 18:12











 難解な映画、と言えるかもしれない。なぜなら「コリアン・ディアスポラ」を生み出した背景・歴史の単純化を拒否するがゆえに、映像そのものも入り組み、多様な歴史的トラウマを声にのせることで、さらに複雑になっていく。こうした手法は、実験的にも思えるが、今回の映画祭のメッセージ、「Different Voices―世界のうごめく無数の、それぞれ特異な声たちに耳を澄ます」によりふさわしい映画ともいえる。
 しかし、「さまざまな」と言いつつ、その通底には、日本の植民地政策、「慰安婦」制度、朝鮮戦争、米軍駐留下の性暴力、韓国軍事政権下の高度経済成長、そして1950 年代に始まった欧米社会に送られた養子斡旋制度という、「女性と経済と軍事」どれ一つ切り離すことのできない歴史を「孤児」の声から明らかにするのだが、スクリーンは、あくまでビジュアルであり、観る者の眼差しを感性的に攪乱する。
 それは、監督自身が「コリアン・ディアスポラ」の一人であり、韓国系デンマーク人であることによって、「主体」という問題が72 分をも貫いており、「沈黙させられてきた声」を世代や民族を超えるフェミニストの視座から伝え、かつ、つないでいる作品である。
 ラストは、米軍兵士と韓国女性のキスシーンで終わる。そして韓国では「虎」は「山の神」「男」を象徴するという。「女と孤児と男」と読んだとき、監督は何を暗示しようとしたのか、そこからもう一度観てみたいと思う。



『レイテ・ドリーム』

・クム・ソニ監督/ 2010/ フィリピン/ (未定)
・監督来場、トーク&パフォーマンスあり

・18:30 〜







 琴仙姫(クム・ソニ)は、東京生まれのアーティスト。現在、韓国在住。映像、インスタレーション、パフォーマンスを中心に世界各地で作品を発表している。ヒロシマ平和映画祭では、2009 年に『Foreign Sky』を上映。この作品は、印象的な語りとともに、個人的な記憶から、さらに貴重なアーカイヴ映像も駆使しながら、在日朝鮮人の歴史を語る試みだった。
 本作では、自身の伯母から、祖父が朝鮮人でありながら日本兵としてレイテ島に赴いたという証言をもとに、レイテ島を訪れての記録としてつくられている。大岡昇平『レイテ戦記』を筆頭に、戦後の日本でも最大の激戦地としてしられるフィリピンのレイテ島。ここで「朝鮮人兵士は日本人兵士よりも残虐だった」という証言に出会う。この話は、戦後十数年経過したあと、フィリピンと日本が経済的に友好関係を構築し始めた頃辺りに出現し始めたこと、表に出ることのない元慰安婦たちの存在に注目していく。当事者や歴史研究者へのいくつもの聞き取りを経るなかで、作家は「記憶」が時の経過とともにある種の情動やその時々の都合を伴い順応的に再構成されていく過程を見出していく。そして、それだけではなく、この「旅の記録」とは、作家本人の記憶や身体を問うものともなっていく。2009 年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された『レイテに還りて』を改題、新編集版による上映となる予定。さらに、作家によるパフォーマンス上演も予定している。

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HPFF2011 @サロンシネマ  12月3日(土)~9日(金) サロンシネマ


『チェルノブイリ・ハート』

・マリアン・デレオ監督/ アメリカ/ 2003/ 61 分
・ 13:35 ~ 14:40
・当日料金:大人1,300 円、大学生以下・シニア1,000 円






 1986 年4 月26 日。チェルノブイリ原子力発電所4 号炉が爆発し、放射性降下物がウクライナ、ベラルーシ、ロシアを汚染し約4000 人が死亡。放射能はヨーロッパ各地にも降った。その日から25 年を経た今も原発から半径30 キロ以内での居住は禁止をされ、北東350 キロ以内にある「ホット・ゾーン」と呼ばれる局所的な高濃度汚染地域が約百ヵ所も点在する。
 本作は、アメリカの女性ドキュメンタリー作家、マリアン・デレオがチェルノブイリの事故から16 年後の2002 年にベラルーシ共和国を取材し、「ホット・ゾーン」に住み続ける住民たちと、そこで働く医師や、乳児院に収容されている多くの子供たちにカメラを向ける。甲状腺がんの発生率の増加。そして放射能汚染後に生まれている新生児の健常児の出産率は15〜20%。つまり、80%以上の子供は死産か、なんらかの異常( 様々な奇形や重大な障害) を持って生まれてくる。広島原爆の時にも放射能を浴びたあとに生まれた子供たちにも見られた水頭症や無脳症。そんな症例を超えた障害を持って生まれてきた子供たちは、親から棄てられて、“ 遺棄乳児院” で暮らす。手や足の奇形のほかに、本作のタイトル「チェルノブイリ・ハート」と呼ばれる心臓に様々な欠陥がある子供たち。手術をしなければ確実に死ぬ子供たちが約7000 人。ちなみにベラルーシ共和国の国土の99%は汚染地域である。
 本作のほか、事故から20 年。原発事故から初めて故郷に帰った青年を追った短編「ホワイトホース」の2 作品。今回上映する作品やチェルノブイリ関連のドキュメンタリーを見る度に放射能の怖さを感じる。今年の3 月11 日の“ フクシマの悪夢”。政府や東電、原子力安全・保安院の対応のまずさから放射能を浴びた子供たちの10 年後、20 年後は・・・



『いのちの子ども』

・シュロミー・エルダール監督/ アメリカ・イスラエル/ 2010/ 90 分
・15:00 〜16:35
・当日料金:大人1,800 円、大学生1,500 円、高校生以下・シニア1,000 円




 生まれて4ヶ月半の子ども、ムハンマド。先天性の免疫不全症にかかり、無菌状態の病室の中、骨髄移植を受けなければあと1年も生きられないという彼を救うための道程を描くこのドキュメンタリーは、「闘病」の道程と同時に、彼を助けようとする医師、子どもの父母、監督たちの壮絶な「闘い」をも描き出していきます。
 映画の成り立ちは、イスラエル人の監督シュロミー・エルダールが、同じくイスラエル人の医師ラズ・ソメフから、ムハンマドの救済のために力を貸してほしい、と依頼されたことに始まります。ソメフ医師はテル・アビブ近郊の病院の小児科医で、彼の勤めるテル・ハ・ショメール医療センターはパレスチナからの病人も受け入れており、ムハンマドはガザ地区のアラブ人の母ラーイダと父ファウジーの間に生まれた子どもでした。エルダールはテレビのレポーターとしてガザ地区の取材を20 年以上に渡って続けており、ニュース番組での骨髄移植のための手術費用の寄付の呼び掛けとともに、このドキュメンタリーの制作を決めます。
 パレスチナでは不可能な骨髄移植を受けるため、ムハンマドの両親がイスラエルの病院での治療を決断したことは、他に命を救う選択肢がなかったとはいえ容易なことではなかったことが克明に映し出されます。この治療と撮影が行われていた2009 年、イスラエル軍はハマスのテロへの報復としてガザ地区への攻撃をし、その影響は骨髄の提供者を血縁から見つけることへの障害や、イスラエルで治療を受けることのアラブ人からの中傷となって、ムハンマドと両親を襲います。ラーイダはエルダールの「この子が助かったら殉教者にしてもいいのか」という質問に、「もちろん、エルサレムのためなら」という衝撃的な言葉まで口にします。ラーイダがなぜそのような言葉を口にせざるをえなかったのか、その苦悩と葛藤が明らかになるとき、病気だけではないあらゆる状況との「闘い」の困難さが改めて浮かび上がり、人が「生きる」とは一体どういうことなのかを深く考えさせずにはおきません。
 しかし、決して希望を捨ててはいけないことを、この映画は最後まで粘り強く描きます。そしてムハンマドに訪れる希望が、観る私たちにとっても同時に希望を与えてくれるものであることを、教えてくれるのです。

抵抗としての文化を語る II  12月10日(土) 13:00 広島市立大学講堂小ホール

抵抗としての文化を想像/創造する──オキナワとヒロシマから

 生きる場を踏みにじり、生きること自体を内側から脅かしつつある歴史の流れに立ち向かう、抵抗そのものであるような文化を、「文化」と呼ばれているものを突き抜ける強度において想像し、創造する可能性を探る映画上映会とシンポジウム。
 今年の山形ドキュメンタリー映画祭で好評を博した、沖縄の気鋭の監督奥間勝也の作品『ギフト』とともに、ギリシア悲劇を題材とした抵抗の塊とも言うべき映画、マリー・ストローブ+ダニエル・ユイレ監督の『アンティゴネ』を上映する。続くシンポジウムでは、沖縄からの監督と研究者を交えて、ヒロシマとオキナワを結びながら抵抗としての文化の可能性を考える予定。広島市立大学社会連携プロジェクト研究とヒロシマ平和映画祭2011の共同企画。


『ギフト』


・奥間勝也監督/2011/ 40 分
・13:00 ~ 13:40
・監督来場
・ 無料

 ギフト。それは贈り物だろうか。いや、毒かもしれない。再開発が進む那覇の一角を舞台とする本作品は、ギフトという語の決定不可能な両義性のうちに観る者を宙吊りにする。
 小学校1 年生のヨウスケの遊び場にもなっている先祖伝来の墓がまず、両義的なギフトかもしれない。それは持ち主にとっては祖先の記憶を伝える貴重な贈り物だろうが、持ち主の家族以外の者を排除する毒でもあるのだから。そのような墓の前でヨウスケは、近くの公園に棲む初老の男、亀ちゃんに遭遇する。墓にはヨウスケの祖父が入ったばかりだ。墓に隠れていた窃盗犯の男を警官が取り調べたらその警官の恋人の兄だった、という奇妙な物語を遺して。好きだった祖父を亡くしたヨウスケは、やがて亀ちゃんの住居へ遊びに行くようになる。そんなヨウスケに亀ちゃんは嘘をつく。絵画コンクールで金賞を取ったら、近くに停泊している巨大客船で世界一周できると。
 この嘘をヨウスケは真に受けてしまう。タオル地の布にマジックで絵を描く彼の眼は輝いている。その様子を眺めていた一人のアメラジアンの男は亀ちゃんに問う。なぜ嘘をついたのかと。はぐらかし気味に亀ちゃんは言う。すべては嘘だと。自分の住居を壊す公園の拡張工事も、そして向こうの客船も……。そして映画は、亀ちゃんに嘘をつかせたうえにすべては嘘だと語らせる映画自体の嘘をも映し出す。映画もギフトだと語るかのように。
 その一方で再開発は容赦なく進む。ヨウスケが受け継ぐはずだった墓も取り壊しの対象となったのだ。そのために当局が貼り出した墓の持ち主を尋ねる貼り紙をめぐり、亀ちゃんはもう一つ嘘をつく。誰でも自由に入ってよいと書いてあると。その嘘は「家」の共同性を解体する。墓が誰でも入れる場になるとしたら、ヨウスケの祖父が奇妙な話をしながら言っていたように、墓にはいろいろな人がいるのだとしたら……。ギフトとしての墓は、その消滅の間際で、ささやかな嘘のうちにもう一つの共同体への回路を開いているのかもしれない。
 亀ちゃんが最後にヨウスケに残したものは贈り物だろうか、毒だろうか。過渡期の那覇の街と人を慈しむように撮りながら、継承の未来への問いを静かに残す作品である。


『アンティゴネ』
(ソポクレスの《アンティゴネ》のヘルダーリン訳のブレヒトによる改訂版1948 年)

・ダニエル・ユイレ、ジャン=マリー・ストローブ監督/ 独、仏合作/ 1991/ 95 分
・13:50 ~ 15:25
・『アンティゴネ』DVDは紀伊國屋書店より発売中(¥5040)

 ストローブとユイレが『アンティゴネ』を映画に撮ったのは1991 年、湾岸戦争の年だった。出来上がった映画は、モンタージュの衝撃を叩きつけるかのようなB・A・ツィンマーマンの音楽とともに始まる。その強度はすでにこの映画が示す抵抗を予感させるものであろう。本作品は、ソポクレスのヘルダーリン訳をブレヒトが舞台上演用に改作した『アンティゴネ』を、シチリア島に残る円形劇場の遺跡で上演したのを映画化したもので、俳優たちは映画の論理によって飼い馴らされてはいない。その発語と演技は、シチリアの鮮烈な日差しを浴びた映像のなかに屹立するのだ。
 オイディプス王の死後、テーバイの王座を弟エテオクレスに奪われたポリュネイケスは謀反を企てるも、戦いは兄弟の相討ちに終わり、クレオンが王位に就く。彼はポリュネイケスを反逆者と断じてその埋葬を許さないが、その妹アンティゴネは、国の法ではなく神の掟に従うと宣言して兄の遺骸に弔いの砂を掛ける。クレオンは彼女を洞窟に幽閉するが、そこで彼女は縊死を遂げ、許婚ハイモンも後を追う。これが古代ギリシアのソポクレスが書いた筋であるが、ブレヒトはそこに改変を加えている。例えば、最初の戦争は謀反によるものではなく、貴金属を求めてアルゴスを侵略する戦争に変えられている。ポリュネイケスは、その戦線から離脱を図って処刑されたのだ。ドイツ語のテクストにおけるこの設定は、ヒトラーの戦争を思い起こさせずにはおかない。アメリカの赤狩り──それに対するブレヒトの抵抗をドラマ化した映画の日本語版は、2011 年2 月5 日に広島市立大学で初公開されている──に追われるように戦後のヨーロッパへ帰還したブレヒトは、戦争の忘却と大勢順応主義に抗して『アンティゴネ』を舞台に載せたのだった。
 このような『アンティゴネ』の舞台が、ストローブとユイレによって湾岸戦争の年に映画化されているわけだが、その映像は鮮やかでありながら、湾岸戦争とそのスペクタクルに対する抵抗そのものである。また、独特の長いショット──そこには現在も映り込む──は映画の物語的な進行にも反抗する。さらにそれを突き抜けてくる言葉の一つひとつ。これに打たれるところから、映画に込められた抵抗を、今ここに死者たちともに生きる者の課題として考えてみたい。

  • シンポジウム「抵抗としての文化の想像/創造へ向けて──オキナワとヒロシマから考える」(映画上映後シンポジウム 15:30~17:00)
パネリスト:井上間従文(琉球大学:比較文学)
      奥間勝也(映像作家:『ギフト』監督)
      柿木伸之(広島市立大学:哲学、美学)
   司会:東琢磨(文化・音楽批評)

 一つとして同じものはなく、また同じものであり続けることもない生を心底から欲し、そのような生を、その苛烈さも含めて何一つ差し引くことなく肯定すること。文化とは、このディオニュソス的な肯定そのものである。そして、一つひとつの生をその強度もろとも肯定するとは、この世界のざわめきをなす無数の、それぞれ特異な声たち── “Diff erent Voices”──に耳を澄まし、未だ声として響いていないその囁き──それは死者たちの声の谺でもあろう──と身体を共振させることでもある。そこにある振動が、既成の規範を揺さぶりながら、詩、絵画、音楽、映像などを媒体とする文化の営為を内側から動かし、これらの表現に美的な強度を賦与するのだ。このような事態のうちに、アドルノが「ミメーシス」と定義した芸術の根源を見て取ることもできよう。
 とすれば、生──それはベンヤミンの言う「死後の生」でもある──の肯定としての文化は、生きることを型に嵌め、収奪する力に対しては刃向かわざるをえない。そのような抵抗としての文化を語ることは、2011 年3 月11 日の大震災以後、いっそう差し迫った課題となりつつある。ヒロシマ平和映画祭と広島市立大学社会連携プロジェクト研究は、すでに2011年2 月5 日に、美的表現がほとんど不可能なまでに息苦しい広島の現在に風穴を空けるべく、「抵抗としての文化の想像力を問う映画上映会&シンポジウム」──これが「抵抗としての文化を語るI」にあたる──を開催し、とくに軍都廣島における抵抗としての文化を想起しながら、この息苦しさに抗う可能性を探り出そうと試みている(その詳細については、柿木伸之編『広島の現在と〈抵抗としての文化〉──政治、芸術、大衆文化』[ひろしま女性学
研究所、2011 年]を参照されたい)が、今回の上映会とシンポジウム「抵抗としての文化を語るII」は、大震災後の状況を視野に入れながら、こうした問題意識を引き継ぐものである。
 今回の上映会とシンポジウムは、映画を、さらにはその物語を内側から解体する抵抗としての映画、奥間勝也監督の『ギフト』とストローブ+ユイレ監督の『アンティゴネ』を上映し、これらの作品の強度を受け止めることから始めたい。そして、抵抗としての文化の遺産を今どのように継承しうるのか、生きる場を奪い、生きることを内側から脅かしつつある力に抗う文化を、今ここでどのように想像/創造しるのかを探る議論を、奥間監督と比較文学者の井上間従文氏を交えて繰り広げていきたい。(柿木伸之)

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空族 夜の祭りー無職と平和の夜 12月10日(土) 19:00 横川シネマ

ヒロシマ平和映画祭+シャリバリ地下大学presents
「サウダーヂ」広島公開に捧げる無職と平和の夜

 空族の映画には私たちの姿が映し出されている。そのことをどう捉えるかは観る人々の勝手だが、シャリバリ地下大学にとってはこれがリアルだ!(上映後ゲストに空族を迎えてトークライブがあります。)

・1500円

・トーク21時~
・ゲスト:富田克也監督+相澤虎之助監督(空族)
・MC:上村崇+行友太郎(シャリバリ地下大学)


『花物語バビロン』


・相澤虎之助監督 1997年/45分 DV
・作品解説:「サウダーヂ」の登場人物である「保坂」のルーツ
・監督来場、トークあり







 90 年代セカンドサマーオブラブのうねりの中で、日本中からバックパッカーが世界に向けて旅立った。あるものはインドへ、あるものはチベットへ、若手お笑い芸人が世界を旅するテレビ番組が好評を博していた。その中で1 人の若者がタイ北部チェンマイへと旅立っていった。この時期旅立った多くの若者たちは「自分探し」と称した自分たちの旅行が、いったい何の上に成り立っているのかを考えはしなかった。
 しかし、歴史はそれを許さない。1 人の若者は、バンコクの安宿である夢を見る。一面のケシの花畑の中で声が聞こえてくる。「私たちを救ってください」その声にひかれ、若者は20 世紀の歴史の闇に葬りさられようとしている東南アジアの少数民族、モン族の村へ向かうのであった。



『rap in tondo の長い予告編』
 

・空族制作ドキュメンタリー
・2011年/60分 HDV
・企画:富田克也/ 構成・編集:高野貴子/ 撮影:富田克也、河上健太郎
・作品解説:「サウダーヂ」の登場人物である「猛」の出所後
・監督来場、トークあり


 フィリピンのトンド地区に招かれた、HIPHOP グループstillichimiya のトラックメーカー、BigBen とYoung-G(おみゆきチャンネル)のふたりと、地元HIPHOP コミュニティとの交流を描いた2012 年公開の空族新作ドキュメンタリーの長い予告編。
 ギャング社会と密接に結びついたフィリピンのHIPHOP シーン、低所得者層の住む地域で治安の悪さの中ラップやダンスを学ぶ少年少女たち。危険と隣り合わせの日常を生きる彼らの顔は、それでも屈託のない笑顔に覆われている。音楽を通じた文化交流の単なる記録だけでなく、まさにこの映画の存在こそが国境を越えた人間関係をつくり出して行く軌跡となる。

 (シャリバリ地下大学コメント)
 空族の映画は「映画」としても「芸術」としても第1 級に全て素晴らしいのだが、その栄光に止まる事なく、それは映画であることの向こう側へと一歩踏み出してしまうのだ。祭りは祭りだけでは終わらない。ツイートする




女が撮る~序章 12月11日(日) 13:00 横川シネマ

ヒロシマ平和映画祭 最終日プログラム
四作品一挙上映
  • 1作品1,000円/ 4作品セット 3,000円
  • 3人の女性監督が横川シネマにやってくる!


『姉妹よ、まずかく疑うことを習え -山川菊栄の思想と活動』
・山上千恵子監督/ 2010/ 76 分
・13:00~14:16








 なぜ女性は生きづらいのか―この問いから始まった山川菊栄の女性解放史を今とつなぐドキュメンタリー。山川の生涯を、彼女と接した人々、彼女の思想の後継者、彼女の家族の語りから描き出す、のだが、わたしの関心は、「山川に呼びかけられた『姉妹』」たちの方に向く。わたしは現在的に『姉妹たち』の一人でありうるのか、と。
 「まずかく疑うことを習え」―― 一人ひとりが「問い」を持ち、考えることこそ重要であることを明確に打ち出すこのタイトルは、とてもいい。そして、職場や家族内での理不尽な生きづらさに異議を申し立て、裁判や研究というかたちで、世に問うた「姉妹」を想起させる。
 ここ広島でいえば、地元・石崎本店㈱男女賃金差別裁判を起こした川原洋子さん。「女性の賃金は家計の補助」と主張する会社と闘い、損害賠償を勝ち取った。

【監督】80 年代から映像制作をはじめ、ʻ90 年ビデオグループWork・inn を創設。ʻ01年『dear tari』が第3 回ソウル女性映画祭アジアンショートコンペティションで観客賞を受賞。ʻ04 年、女たちの歴史プロジェクト第1 回作品『30 年のシスターフッド- 70 年代のウーマンリブの女たち』( 共同監督: 瀬山紀子) 発表。


『どんずまり便器』

・小栗はるひ監督/ 2010/ 80 分
・14:30 ~ 16:20
・監督来場、トークあり






 「どいつも飯とセックスとウンコすることしか能がないのよ、人間は!!」
 主人公ナルミ(菜葉菜)はそう叫ぶ。たしかにそうかもしれない。私たちは毎日ご飯を食べてウンコしている。私たちは食べて出す、そんな筒型生物にすぎないのかもしれない。でも、ご飯を食べるには「食べ物」を手に入れる必要がある。ウンコするのにさえ「便器」がいる。さらにセックスするには「相手」がいる。そう、私たちは人との関係のなかで生きていくしかないのだ。ナルミはそのことを痛切に感じている。ナルミの発言さえ、独白ではない。弟の圭(中村邦晃)に向けられた言葉である。しかし圭の返答は「俺は・・・・、そんなんじゃない。姉ちゃんとはちがう」という言葉。
 ナルミは三角関係のもつれから「あんたなんて一回きりの女なんだから!!」と自分を罵った女性を刺す。3 年後、刑務所での服役を終えて家に帰ってみると、住み慣れたかつての家には弟の圭が彼女のカナ(菅原佳子)と暮らしていた。ナルミが圭を問い詰めるなかで出てきたのが冒頭の言葉である。圭は社会に適合するために一生懸命働いている。そして、ナルミとは性格が正反対の大人しい(=大人な)彼女と暮らしていたのだ。両親を早くに亡くし、姉弟二人で暮らしてきたナルミにはその選択が気に食わない。
 映画のなかで、ナルミは怒り、泣き、叫ぶ。彼女の感情は画面をとおして私たちを直撃する。ナルミは自分の欲望に正直だ。私たちは、画面を通して弟の圭のようにナルミに問い詰められ、答えに窮する。それは、私たちが普段あまり「みないことにしている」欲望に目を向けさせられることになるからだ。ナルミが求めるのは、雇用関係や友人関係といった社会的なつながりではない。もっと究極的な身体的な欲望の充足を分かち合える関係性だ。生と性と死が渾然一体となった存在が主人公ナルミである。そんなナルミがどんずまりながらもとても美しく画面を躍動する映画だ。


『さようならUR』

・監督・撮影・編集・ナレーション: 早川由美子/ 2011/ 73 分
・監督来場、トークあり
・16:35 ~ 18:10  



あらすじ■ UR(旧住宅公団)が突然取り壊しを発表した高幡台団地73 号棟。立ち退きを拒否して住み続ける住民と、居候暮らしで家を持たない映画監督が出会う。取り壊しの背景は民営化なのか? 住宅問題に関わる専門家への取材を皮切りに、UR、国交省にもたった一人で斬り込んでいく作者。ユーモアさえ感じるその姿勢によって、公共住宅問題に潜む、日本の組織体制の問題点を浮き彫りにする。

■早川由美子(プロフィール)
1975 年東京都出身。成蹊大学法学部、London School of Journalism 卒業。ジャーナリストを志して2007 年に渡英、独学で映像制作を始める。初監督作、「ブライアンと仲間たち パーラメント・スクエアSW1」(2009 年)で「日本ジャーナリスト協会・黒田清JCJ 新人賞」を受賞。2作目「さようならUR」(2011 年)は山形国際ドキュメンタリー映画祭2011 で、「スカパー!IDEHA賞」を受賞。ウェブサイト:www.petiteadventurefilms.com


『百合子、ダスヴィダーニヤ』

・浜野佐知監督/ 2011/ 102分
・監督来場、トークあり
・18:25 ~ 20:40


 2009 年に第三回を迎えたヒロシマ平和映画祭では、浜野佐知監督を迎え「女性の視点からのピンク映画」を上映するという、自ら言うのもなんだが、ある種の「離れ業」に出てみた。浜野監督については、ご自身による著書『女が映画を作る時』(平凡社新書)を見ていただくのがてっとりばやいが、その本のキャッチともなっている「ピンク映画三百本。三十年以上にわたって、日本のセクシュアリティの現実と向き合ってきた女監督」であることに、浜野監督を未知である誰もがまずは驚嘆することだろう。
 本作は、老齢女性の性愛を描いた『百合祭』、女流作家・尾崎翠の作品にもとづいた『こほろぎ嬢』に続いて、浜野監督が「非ピンク」映画として制作した作品。10 年もの構想・試行・挫折を経て完成。女流作家・中條百合子と、ロシア文学者・湯浅芳子との「理想の愛」「おんなの友愛」(西欧的な「友愛」に実は女性は排除されているという議論もある)のドラマで、1924 年の数十日のあいだを描いている。
 のちに共産党エリートともいうべき作家・宮本顕治と結婚しその姓を名乗った百合子が若い頃にこのような愛に生きたことを、私は知らなかったが、一方で、湯浅芳子にも強い興味を惹かれた。念のために調べてみると、岩波や新潮文庫の現行版では、既に出ていないが、岩波文庫版のアントン・チェーホフの多くの作品が湯浅芳子訳で出回っていた。気づくと、私が岩波文庫で読んだほぼすべてが湯浅芳子の訳によるもので、1950 年代に湯浅によって日本語となったチェーホフは圧倒的に読まれているのだ。
 百合子との愛を経た芳子による「翻訳」なくして、吉田秋生による『桜の園』が生まれていたかどうかと夢想してみてもいいかもしれない。さまざまな男女を演じる女子高校生の揺れとは、実は男や女を演じているすべての人間が隠し持ってみないようにしている揺れである。本作では、そんな男を大杉漣が卓抜に演じているが、全体のトーンも演劇的というよりも映画的でかつチェーホフ的なムードを醸し出しているようにも感じる。まっすぐで剥き出しの自由といいたくなる表情の芳子の魅力を、菜葉菜が取り憑かれたような表情で現出させている。
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応答し会うワタシたち、ポジャマジャ、おんな・アート・なんデモフェス

おんなで遊ぶ、おんなを遊ぶ、表現するおんなたちの祭典!

上のちらし画像はクリックして、拡大表示でご覧いただけます。

■日時:11月29日(火)~12月4日(日) 11:00~19:00 (イベントにより終了時間延長)
■場所:スペースZERO (広島市中区鶴見町2-24)
■主催:vaginaの会(いさじ章子企画)
■協力:ひろしま女性学研究所、ヒロシマ平和映画祭

とりあえず「おんな」と括ってみる。「おんな」とは何だろうか?
その昔、女のくせに! 女は黙ってろ! 女だてらに!と男たちに言われた時代があった。
「人間」というのはオレたちのことだと、あんたがたはどちらかというと動物に近いんだと。
男たちは女という種族を社会の下位に置くことで、自分たちの自尊心を満足させてきた。
そうして、女は淑女(処女)と、母と、娼婦という作られた型を演じるよう仕掛けられた。
うまく演じたとき男たちの賞賛を得ることができた。
演じそこなったおんなたちが、1970年「便所からの解放」と、おんなたちの真の自由を訴えた。
それから40年経った今、おんなたちは本当に解放されたんだろうか?
2011年、3月11日以降、「ニンゲン」と言われる「オトコ」たちのつくった文明が、今はっきりと終焉に向かっているのが分かる。
もう「オトコ」たちの出番は終わった!あとはこの文明を責任もって、後かたずけに邁進してもらいたい。それが「オトコ」というもんじゃないか?
おんなたちは、奪われてきた自信を取り戻し、来るべく時代にそなえよう!生き延びるために。
「おんな」とは何だろうか?「おんな」からの解放!!!
注=「オトコ」的なるもの=資本の論理、効率優先、差別選別、植民地主義、弱肉強食、戦争好き。ちなみに原子力ムラはオトコムラである。ツイートする

<スケジュール>
11月29日(火) 18:30〜21:30
オープニング
(飲食代・1000円、学生500円)
みんなでワイワイやりましょう!
うた、おどり、その他飛び入り大歓迎。
オープン太鼓・いさじ章子
一宮春水、友田詩歩子らによるライブ・パフォーマンス
ヒロシマ平和映画祭告知・東琢磨

11月30日(水) 19:00〜20:00
詩と映像と音のコラボレーション
中村隆子「生の作法」より
朗読・岩崎きえ  写真・高雄きくえ  演出協力・藤井友紀(黄金山アタック) その他

12月1日(木) 18:00〜21:00
ドキュメンタリー映画
『イトー・ターリ パフォーマンス ひとつの応答 in原爆ドーム前』(青原さとし監督)
(ヒロシマ平和映画祭協働企画)(この企画のみカンパ制)

フェス参加者交流会
壁面参加者による自由トーク集会
(飲んでポジャ、マジャ、交流しましょう)

12月2日(金) 18:00〜21:30
特別ゲスト・嶋田美子
映像とトーク 「アートと社会の交歓」
嶋田美子・プロフィール
1959年、立川に生まれ、82年にカリフォルニア州スクリップスカレッジを卒業。
1989年、昭和天皇の死に際して、第二次世界大戦に関するテーマを探究し始めた。
嶋田の版画とインスタレーション作品は戦争におけるアジアと日本の女性の役割を問うものである。その後、嶋田は米軍基地の町であった立川を背景にした写真とビデオをベースにした基地売春についての作品をつくった。2004年から5年間、世界を巡り「家族の秘密」を集め、研究し展示するプロジェクトを行った。ここ2年は、1969年に設立された「美学校」の研究をしている。その焦点となるのは、変革の時代におけるラデイカルな美術と政治の考錯である。

12月3日(土) 18:00〜21:00
車座シンポジウム・「ひろしまで語る<女の平和>」
(ヒロシマ平和映画祭協働企画)

相川陽一(島根県中山間地域研究センター研究員)
松本麻里(東京砂場プロジェクト@新宿、フェミニズム批評)
後藤愛由美(大阪府立大大学院、オキュパイ運動下のNYへ。「原爆の傷跡」NY上映に尽力)
キム・ミレ(「外泊」 「土方」 監督(韓国))
M.T. Silvia (「Atomic Mom」 監督(アメリカ))
その他

12月4日(日 18:30~ 国際青年会館研修室で映画上映後、同研修室でパフォーマンス予定
クム・ソニ パフォーマンス (『レイテ・ドリーム』監督) (ヒロシマ平和映画祭協働企画)

<参加者・プロフィール>
いさじ章子
非常勤美術講師、非常勤アーテイスト(サウンド・アート・パフォーマー) チャンゴ(朝鮮打楽器)奏者。

一宮春水・崔春美
1976年、広島市西区福島町生まれ。在日3世。広島市立看護専門学校第二看護学科1年生。趣味でボーカル。

岩崎きえ
舞台芸術制作室無色透明主宰。広島で演劇を中心としたパフォーミングアートの企画、制作を手掛ける。
趣味は文房具。

小川佳子
1979年、広島生まれ。2002年から一年間、SUNY New Paltzにて版画や手製本、ブックアートを学ぶ。気がつけばDTP一筋。

オノ マリコ
1972年、広島生まれ。1997年、Academy of Art College卒業。
2001年、デジログものずくり工房「アート・カプセル」設立。表現方法にこだわらない器用貧乏。

片岡優香
油絵描き

加藤コバ
広島専門学校及び、京都造形大学通信教育部洋画コース卒業。
独学で写真家として活動中。2011年8月、ギャラリーパブロで個展。

川口 彩
1970年、広島生まれ。
壁画制作、STUDIO CORE 児童画教室、デイサービス絵画指導。

倉石梨絵
1987年生まれ。
趣味で写真、「これ、ナ二撮ったの?」って思ってもらえたら嬉しい!

住野純子
作家、油画、版画、たまに映像。
ニュージーランドの美大ELAM卒業。中国青島で英語教師しながら制作。10年帰国。

高雄きくえ
<女>を、ヒロシマを、ジェンダー視点で問いつずける=出版社、ひろしま女性学研究所主宰。
ヒロシマ平和映画祭実行委員。

たけだ まるみ
企画編集室・ゆじょんと主宰。創作塩屋。

友田詩歩子
油画描き

中野晶子
呉市生まれ。
趣味で銅版画をやってます。

中村美咲
広島芸術専門学校卒業。ネコしか描けない、ネコでも描ける。

BURG バーグ
2年に一度ぐらいのペースで個展開催。生、性した、楽しく可愛い作品」だと、、、本人は思ってます。

FUJIWO
1986年9月22日生まれ。比治山短期大学美術科卒業。
人と人のつながりをテーマに身近なものを素材にした作品や、黒人やインディアンなどをモチーフにしたイラストを制作。

フルモト メグミ
好きなもの・肥えた大地、プルシャンブルー、日本酒、強きなハート。趣味、油絵。
図画工作集団・BOYSDADA=女子
ヘタクソ雑貨やコピペ小物を作るのが好きです。でもゾウさんを描くのがも~ッと好きです。

宮田春佳
絵を描いたり、DJをしたり、ライブペインチングしたりします。

向井陽子
画家、油彩画や版画などの平面作品の制作。2011年より横川創荘に版画工房を構える。

矢吹博美
広島生まれ。
2011年12月20日~25日、スペースZEROにて、宮田春佳とグループ展予定。